二条城と徳川家康

徳川家康と二条城の関係は、誰でもが知っている通りです。
現存する二条城は徳川家康の命によって作られました。
その後、何度か改築や増築が行われていますが、基本的な構造は徳川家康の時代に出来上がっています。
さて、徳川家康が京都に城を組み立てることの意義について考えてみましょう。
江戸時代と呼ばれているのは幕府が江戸にあったからです。
まずは京都には何があったのでしょうか。
歴史に詳しい人にこのような質問は愚問かもしれませんが、現代の日本人がすべて知っているわけではないのです。
この質問に答えられない人もいることでしょう。
京都には朝廷がありました。
天皇家です。
幕府を形作り将軍となった徳川家康ですが、天皇家をないがしろにするわけにはいかなかったのです。
これは日本の歴史を策する上で非常に重要なポイントです。
江戸時代が終わり、戦中、戦後、そうして現代でも天皇家は別格の存在です。
これは日本独自の歴史です。
さて、話を戻しましょう。
二条城を徳川家康が建築したのは、京都における宿所とするためです。
ただの宿所ではなく、敵から身を続けるために強固な防御策が施されています。
江戸時代が安定期に入ってからは、諸国大名に対する威信を見せつけるために絢爛豪華な障壁画などが施されたと考えられています。
いずれにしても、二条城は日本の歴史を分かる上で非常に重要な建造ものなのです。
江戸時代の始まりに作られて、終わりとなった大政奉還の舞台が二条城です。
多くの観光客が回るのも無論かもしれません。