平安京と二条城

平安京があったところには現在は何も無く、石碑などがひっそりと建っているだけです。
昔の二条城も同じです。
現代に残っている二条城は徳川時代になってから建てられたものです。
平安京のころ、室町時代の二条城は石碑だけになっているのです。
その位置は多くの研究者の手によって明らかにされていますが、歴史の中でいくつもの二条城が作られては破壊されてきました。
京都には至る所にこのような石碑が建てられています。
建ものとしては残っていなくて遺跡としてその痕跡だけが残っているのです。
京都はそんなに重要な地域であったことは間違いありません。
これには天皇家が京都を中心として、もっと続いてきたことが広く関係しています。
日本の歴史を感じ取る時に幕府と天皇家の2大勢力を無視することはできないのです。
当然、それぞれの時代でいろいろな駆け引きが行われてきました。
ただ、それが日本史を解る上で非常に重要であることは誰も否定しないでしょう。
平安京は平安時代の政治の中心としての役割を担ってきました。
そうして二条城は室町幕府の重要なお城だったのです。
幕府がよろける時に二条城も破壊されてきました。
それが二条城の宿命だったのでしょう。
江戸時代の二条城が残っているのは大政奉還による政権交代が実現したからです。
大政奉還がなければ、現代の二条城も残っていなかったことでしょう。
平安京から現代に貫く歴史を考えれば、それらの城の役割が当時の権力者たちにとって重要だったことがわかります。